第3号 「マイナス財産」

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      第3号 (2011年6月6日)
   ▼ 「マイナス財産」
   ▼ 日中間の「パイプ」を育成 塚本慶一教授
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▼「マイナス財産」

 「中国に戻ったから、なるべく日本とかかわらないほうがいいですよ」、早稲田大学大学院卒、十年前北京に戻った中国人弁護士Nさんがこう忠告してくれた。

 17歳から東京で青春を送り、十年間の滞在で身振りや話し方にも日本生活の名残を感じさせられる。こんなNさんが、なぜ!

 お酒を飲みながら、Nさんの話が続く。「北京に戻って、弁護士の資格を取った。中国から長く離れたこともあり、ことばと留学経験を生かして、日系企業を対象に業務を展開し、ライバルに差をつけようと思った」。だが、数年後に、「気が付いたら、日系企業の仕事は労務関係、日常の経営トラブル処理などのようなものばかりではないか。一方、欧米や中国企業についたライバルは資本市場融資、大規模で複雑な企業買収など大きい仕事ばかりをとっていた」。ライバルに差をつけるどころか、つけられたという。

 その後、Nさんが方向転換をし、慣れない融資、企業買収などの業務をゼロからスタートした。いまは日系企業のお客さんを半分まで減らしたが、「ライバルと比べ、まだ遅れている」。それで、「いまはできるだけ日本や日本企業とかかわらないようにしている」という。

 北京に戻ってから一年経った今、私もNさんのような苦い経験も感じはじめるようになった。たとえば、日本社会では目標を定め、中途半端にしないで、こつこつと最後まで努力すればよかったが、中国社会では、努力だけではなく、努力をする前から、上手に自己PRをしなければならい。いうのは簡単だが、中国でほぼ学生一筋で、日本で社会と接触した私にとっては、この理屈に気が付くだけで、たいへん苦労し、時間がかかった。

 この間、成人後に来日した外国人として初めて東証1部上場を果たし、いまは経済評論家として活躍をしている宋文洲さんと会った。「日本での長い経歴はマイナス財産にも、プラス財産にもなる可能性がある。マイナスをプラスにするのは、貴方の課題だ」と指導してくれた。

 そういう話を今度のメールマガジンに書きたいと、Nさんに話したところ、「読者には王さんの日本人友人が多いでしょう?大丈夫ですか」と、日本ならではのやさしさと思いやりで心配してくれた。目頭が熱くなり、「私たちのような特別な人生において感じたことですから、誤解をしないでくれると信じています」と答えた。

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▼ 日中間の「パイプ」を育成 塚本慶一教授

 「Aクラスの日中同時通訳者は日本と中国にはそれぞれ10人程度しかいない。将来、この分野では日本が中国から人を『輸入』するしかないだろう」と、日中同時通訳の第一人者、杏林大学の塚本慶一教授は言う。

 「以前は、中国と日本の間では政治、経済の交流が中心だったが、いまは社会、医学、芸能、科学から原発まで、あらゆる分野に広がっている。だが、Aクラスの英語同時通訳者が日本に約200人いるのと比べ、日中間の『パイプ』はあまりにも細すぎる」。

 同時通訳として30数年日中間のビジネス、政府間交渉などの最前線で活躍してきた塚本教授は、1947年に中国上海に生まれ、66年になってようやく医師の両親とともに日本に引き揚げた。そして、東京外国語大在学中に通訳の仕事を始め、試行錯誤を重ね技術を高めてきた。

 「日本での中国語教育は初級レベル向けのものは増えてきたが、上級レベル向けはまだ少ない」、後継者の育成を自分の責務と感じる塚本教授は、80年代初頭にサイマル・アカデミーで、2007年に杏林大学で中国語通訳コースを立ち上げた。

 「同時通訳者に必要なのは、両国の言葉だけではない。両国の文化に対する理解と経験が重要」なため、そのまま使える教科書がない。塚本教授は両国が発表した公式文書を使い、学生に常に本番を意識させ、訳の長さ、声の高さなど細かく指導する。

 杏林大学修士課程の通訳コースは3期生を迎えたが、毎期10人ほどの学生のうち、日本人は1人から2人程度で、残りは中国からの留学生だという。

 連休を利用し、客員教授として北京語言大学などで通訳講義も行っている塚本教授は、「通訳者は日本人であれ、中国人であれ、日中両国が共有する人材だ。将来は多くの中国人通訳者が日本で活躍する時代が来るかもしれない」と話している。

人民中国ネット版より、写真などをご覧になる方は下記アドレスまで。
http://www.peoplechina.com.cn/home/second/2011-06/02/content_362443.htm

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