第5号 中国「鉄道省」を動かすエネルギー

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      第5号 (2011年8月19日)
   ▼ 中国「鉄道省」を動かすエネルギー
   ▼ 歴史教科書を読破 稲葉雅人NTT中国総代表
   ▼ 読者感想:ソフトパワーが足りない中国
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▼ 中国「鉄道省」を動かすエネルギー

 一面トップ記事のほど、中国の高速鉄道事故が、日本でも大きな話題をよんだ。ただ、ほとんどの日本大手メディアに報道されていないことがある。しかも、このことが今度の事故をめぐる中国社会の変化を説明するには、重要なポイントなっている気がする。

 これは事故が起きた当日の夜に、事故発生地に近い温州市の市民約1700人が自発的に献血に駆け付けたことだ。「何だ」と思う方が多いかもしれないが、最後まで読んでいただきたい。

 約16年前、私が中国のある大手新聞社に勤めていた。日本に行く直前で、会社を通してボランティア献血者の募集があった。所属されている部署には一人の枠があった。ボランティアと言いながら、実質的に2週間の休みと一ヵ月分の給料に相当する報酬がもらえることになっていた。だが、若者を中心とする30人余りの職場には手を上げる人がいなかった。結局は、もうすぐ定年する部長が出るしかなかった。

 去年北京に戻り、休日の繁華街で献血バスを見かけた。バスの前に若者が並んでいるのを見てびっくりした。しかも、話を聞いたら、献血は本当のボランティアで、休みがなし、「報酬」は牛乳一本だそうだ。係員さんから「休日にはいつも列を作ってますよ」と教えてくれた。正に隔世の感がある。

 献血に対する中国人意思の変化から、ボランティア精神や、社会的責任感が中国社会で高まってきた事情をわかってもらえるのではないかと思う。この変化によって生まれたエネルギーが、今度の事故でマスコミの報道やインタネットでの怒りとなったのだ。

 一方、「鉄道省」については、すでに日本のメディアに大きく取り上げられている。計画経済時代から、鉄道に関する行政部門と建設や運営など現業部門を一括管理。30年も改革し続けてきた中国において、「聖域」の一つとされてきた。

 事故直後、「鉄道省」の対応は恐らくいつも通りだったと思う。だが、その古い体質の管理が、すでに社会的責任感が高まる中国社会に不適応となってしまい、一連の騒動につながった。社会管理の刷新が中国の急務になっていることは、小生メルマガ第1号のなかで、『中国の「混乱」と「活力」』で取り上げている。今度のできごとはその一例であろう。

 この間、行政コスト透明性の欠如を背景に、中国の人民代表大会常務委員会が中央の各行政部門に対し、公務出張費、公用車の購入・維持費、公務接待費のいわゆる「三公経費」を公開するように指示した。そして、順次公開された「三公経費」がマスコミやネット上で話題を呼んだ。国民のエネルギーを活かし、「聖域」の改革に手をつけようとする中国の動きも見えてくる。

参考:
『中国の「混乱」と「活力」』
http://d.hatena.ne.jp/ou-sei/20110405/1305217707

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▼ 歴史教科書を読破 稲葉雅人NTT中国総代表

 「手を握る相手のことを知らないと商売になりません。中国の人のことをどれだけ知っているのかと自分たちに問いかけてみたところ、実はあまり知らないということが分かったのです」。

 「いまの日本は内向きの傾向にあると言われていますが、中国が日本にとって最大の貿易相手国となった現在、変化が激しい中国をもっと知るべきだ」と、去年8月北京に赴任した日本電信電話株式会社(NTT)理事、中国総代表の稲葉雅人さんは言う。

 稲葉さんが日本で中国のことをあまり知らないことに気がついたのは2005年、日本のリーダーを育てる目的で一流企業の幹部候補生を集めて開催される研修会「FORUM21」に参加した時だった。当時は小泉首相の靖国神社参拝などに中国が反応、日中関係が悪化し、「政冷経熱」と呼ばれていた。

 どうすれば日本と中国の関係を良くできるかを研究テーマにした稲葉さんは、中国人のことを知ることがその第一歩だと考え、80年代中国留学で身につけた語学力を生かし、2006年、仲間とともに、中国と日本の中学校歴史教科書の比較に着手した。

 1年間で参考書を含め200冊を読破し、仲間と議論を重ね、『日本と中国「歴史の接点」を考える』(角川学芸ブックス)にまとめた 。最も衝撃を受けったのは「南京虐殺事件」に関する記述だったという。「日本の教科書はわずか数行ですが、中国の教科書は2500字で、日本人の学生に手紙を書こうという練習問題もついている。両国の学生が話す機会があっても、議論にならないでしょう」。

 現在、NTTグループは約40社が中国で業務を展開し、数千人の中国人社員を抱えている。「日本と中国のかかわりはこれからも増えていくでしょう。どちらかが正しいということではありません。自分のことだけではなく、周囲のことも知るべきです。日本の将来はここにあります」と語る稲葉さんは、いまも激務の合間を縫って中国の勉強会などに熱心に参加している。

(人民中国ネット版より、写真などをご覧になる方は下記アドレスまで)
http://www.peoplechina.com.cn/home/second/2011-08/05/content_381724.htm

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▼ 読者感想:ソフトパワーが足りない中国

 先月のメルマガ「 縛られる日本メディアの中国報道」にも多くの感想をいただきました。特にマスコミ関係者からの意見が目立ちます。ここで一人のジャーナリストの感想を紹介します。

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 ご指摘の通り、確かに今の日本のメディアには、中国報道で「縛られた部分」があると思います。ただ、それは短期間では昨年の漁船衝突事件、もっと長期で考えれば、靖国神社参拝と反日デモ以来の日本人のメンタリティとかかわっていると思います。重要な記事を通さなかったというデスクの意識の中にも、日本人に広がっている中国に対する複雑な感情が影響を与えていると思うのです。

 日本人は震災でもご承知のように、激しいデモをして感情を爆発させることは少なく、表面的にはたいへん礼儀正しく、忍耐強いのですが、心のうちに芽生えた感情、偏見などは時間をかけて大きくなり、なかなかそれを拭い去ることはできないのです。

王さんも良くご承知のことと思いますが、今の日本では新聞、雑誌などで中国を温かく好意的に取り上げる報道に会うことはほとんどありません。むしろ無知と偏見、嫉妬と悪意に満ちたものではないかと思われる記事の方が圧倒的です。書店に並ぶ中国関係の本もそうしたものが大半です。

…(中略)…

 確かに経済力は発展し、オリンピックや万博を立派にやり遂げた。高速鉄道、高速道路、高層ビルで町並みは一新した。今や自転車の洪水は過去のもの。そうしたことはようやく日本人に知られてきているのですが、そのことが親しみの感情とは結びつかないのです。むしろ不安と嫉妬に駆られているといってもいいのかも知れません。

 経済力、軍事力などのハードパワーでは周囲の尊敬と親しみを獲得することはできません。お互いの理解と親しみを促進するのは、文化的なソフトパワーだと思いますが、現代の中国には魅力的なソフトパワーの発信が圧倒的に不足している。香港、台湾、韓国、そして日本からのソフトを楽しんで、海賊版を作っているだけ。というのが僕らがいつも感じるていることなのです。政治体制の違いや、社会、民族性の異質さは別としても、やはりまねではなく独創的で、親しめるキャラクターをたくさん発することが日本人の中国に対する理解をより深めることができる。その必要性を中国の人々に分かってほしいと思います。

全文はhttp://d.hatena.ne.jp/ou-sei/20110719/1311010106#cまで

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